スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

鬱になった原因 season1 会社

 2008-06-08
さて、初ブログ、何を書こうかな・・・・
タイトルどおり、鬱になった原因を考えてみます。

まずは、「会社」の原因から。

私は、某地方銀行に勤めております。
同期の中では、できの悪い部類に入るかなw
性格的にどうも仕事と相性が悪いのでしょうか・・・
度重なり職場が変わりました。
でも我慢は大切、がんばってきました。

営業店1→営業店2→システム部→営業店3→地方外郭団体へ出向→営業店4→
本部国際業務→営業店5→営業店6

15年間我慢して勤めてきましたが、2~3年毎に仕事の内容がコロコロ替わり、
銀行業務が複雑化してくる中、だんだん仕事についていくことができなくなり、
また、その気力も失い始めました。

私は国際業務、特に貿易・決済に係る業務が好きで、本部国際業務ではすごくやりがいを
もって仕事に取り組んでました。pm10:00過ぎてもがんばってました。

営業店5では内部での融資管理業務、若年層の後輩が多いため私が複雑な案件に携わったり、
また後輩の指導も少しずつやってました。それなりに責任を持ってやっていたつもりでした。
しかし9ヶ月経って突然営業店6への転勤辞令が出ました。


ここ営業店6で、ついに心が壊れました。

1.度重なる転勤に対する会社への不満
上記の通り業務はコロコロ替わりました。
ある時は営業、ある時はシステム設計、ある時は国際業務、ある時は住宅ローン担当者。
まぁ、仕事だから仕方ないですが、かなり異例な人事異動だと思います。
私の思い違いかもしれませんが、人事異動時ははやり精神的に負担が掛かります。
負担の掛かる頻度、間隔があまりにも狭すぎます。
私は耐えられませんでした。


2.直属の上席とそりが合わないこと

この人は自分が正しいと絶対視しており、私が何か新しいことをやろうとするたびに、
「そんなこと無駄だ」とすべて否定的に対応するような人でした。
もちろん私以外の同僚への対応も同じでした。
また成果を上げたとしても、「アメ」は貰えませんでした。
「アメ」を貰えず駄目になる私も問題ですねw
「お前のやってる案件だから、俺には関係ない」と言われました。
「今日はどこを営業するんだ?」 「なぜ俺の言う通りできないんだ?」
「何でこんなに訪問件数が少ないんだ!?」 「もう3ヶ月経ったからそろそろ
成果挙げろよ」・・・・頻繁に言われました。
ただ単に、「俺が言うやり方で成果を挙げろ」と私は解釈しました。
私には自分のやり方、考え方、ポリシーが少なからずありました。
しかし、それはすべて未熟なものとして否定されました。
私だけじゃなく、私の同僚も否定されていました。

彼も上からいろいろ言われてると思います。辛いと思います。
でも、本当の意味での心からのフォローを彼から感じたことはありませんでした。
あくまで、自分をえらく見せようとしか思えませんでした。
ある日の歓送迎会で彼は「俺のところに来る部下はデキの悪い奴ばかりや、
前の営業店でも変な部下ばかりだった」とボヤいてました。
「成果を上げる人間」=「優秀な部下」というだけで、「育てる」 「協力し合って取り組む」
という考え方は無いように思えました。
管理者として自分に火の粉が掛からないよう、自分を守るのに精一杯だったんでしょう。
事実、「なんであんな奴が上席になったんだ」と他の人が言っていたのを聞いたことがありました。
管理者として尊敬できません。人間としても・・・。

私の偏見、間違っているところも絶対にあると思います。
でも、私が「おかしくなってきた時」はこの見方に凝り固まっていました。

私がうつになった原因はこの人によるところが大きいのですが、ここまで書いて、
何かこの上席の悪口を書いているようで、そんな自分が段々嫌になってきました。

でも、続けます!


3.営業店6での仕事の内容

私は営業店6では主に住宅ローンの獲得を言い渡されてました。また、数社の単純な集金・
融資管理・融資セールスも担当してました。
ここでまず、なぜ私が突然営業店6に転勤したかの理由です。
それは、以前まで営業店6で住宅ローンの専任者が2名いたところ、業務縮小のため2名が
配置転換となる一方、営業を担当していたパートの方が退職し、営業店6の営業能力が
すこぶる低下してしまったからです。
そこである程度「住宅ローンの知識」がある私に白羽の矢が立ったのでしょう。
数ヶ月前に前記2名はそれぞれ配置転換が終了しており、住宅ローンに関する引継ぎは
ほとんど無いに等しい状態でのスタートでした。
住宅メーカーへの案件持込セールスといっても、1~2社ほどしかないエリアです。
それも1年に1件持込があるか無いかの状態で「不毛のエリア」です。
まぁ、「顔つなぎ」程度でゆっくりやっていこうと考えていました。
それならば「住宅ローンの肩代わり」という手段をとります。
100件回って1件できるかどうかの手段です。
たくさん回りました。手当たり次第に。原付バイクで。
10月、11月、12月、段々寒くなってきて行動能力は落ちてきます。
雨が降ってもカッパを着て回りました。
車に轢かれそうになって、こけた事も数回、今でも左手首が痛いです。
成果はなかなか挙がらず、上席からの締め付け・管理・指導は段々厳しいものに
なってきました。
1月、2月、酷寒の中、原付バイクでの営業は厳しいものがあります。
成果は挙がりません。
上席は別の部類での成果も上げるよう要求するようになってきました。

「成果も挙がらないし、俺ってだめだな、寒いし、もう何か嫌になってきた・・・」


4.会社が求める人材・能力と自分の能力との乖離
銀行は、頭が賢く、元気ハツラツ、バリバリの人材を求めます。
成果を挙げるためには、尻をたたきまくり、いらない人間は捨てます。
私の性格は間逆、慎重に分析し、行動に移す。できるかぎり人には
やさしく接したいタイプです。
だから、私はこの歳になっても管理職には就けれません。
就きたくないっていうのもありますが・・・。



段々会社に行くのが嫌になってきました。
夜眠れなくなってきました。
朝布団から起きることができなくなりました。
「考える」ことができなくなってきました。
動くのが億劫になってきました。
自分の存在価値が分からなくなってきました。
何もかも、どーでもよくなってきました。


ちなみに私は38歳、未婚、何の生きがいもありません。
本当に心から話せる友も皆無です。
まぁ、親がいるから生きてるのかな・・・?

親に「折角大学を出てそんな状態か!」と叱責されました。

もうだめ、動けません、4月の2週目くらいから完全に動けなくなり、
以前調べてた心療内科に思い切って行きました。
もう耐えられなくなりました。

上記のことを先生に話しました。
「もう、すぐ休みなさい、診断書書くから、明日にでも持って行きなさい」
次の日診断書を支店長に提出し、休職の身となりました。

支店長はびっくりしてました。
上席は「まぁ、早く帰れ」と言いました。

私は偏見の塊です。
支店長の態度は「私の状態を全然見てない、全体を見てない」、
上席の態度は「目障りだから早く消えろ」と聞こえました。

ちなみに4月の2週目は私の誕生日7日が含まれてます。
さんざんな38歳を迎えました。
自分は仕事もできない、性格も駄目な人間だと感じた誕生日を迎えました。

以上、会社によるうつ発症の起因を纏めると、
1.度重なる転勤に対する会社への不満
2.直属の上席とそりが合わないこと
3.営業店6での仕事の内容
4.会社が求める人材・能力と自分の能力との乖離


今日、秋葉原でとんでもない事件が発生しました。
私は他人を傷つけたくありません。
いっそのこと被害者に取って代わってあげたい気分です。
そうしたら、私は消えることができるし、被害者の一人は助かるわけだし。


↓「貼れ」って書いたあったので貼っておきますwww


にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ

ブログランキング・にほんブログ村へ

にほんブログ村 企業ブログ 金融・保険業へ

スポンサーサイト
タグ :

鬱になった原因 season2 同僚 

 2008-06-09
これは、おいらがうつ病と診断された直後の、ある同僚との出来事である。

何か『24』風やなあwww


したがって、厳密には「鬱になった原因」にはあたらないが、鬱を悪化させる要素となった。
これにより、おいらはかなり人間不信に陥った。
翌日から数日間、起き上がることができなくなった。


***************************************


彼とは高校時代からの同級生であり同じクラスであり、同じ銀行の同僚でもある。

若いころは一緒に遊びに行ったり、仕事のこと、恋愛のことで色々話し合った仲だった。

出世は彼のほうが早いものの、そういうことも関係なく話し合える仲だと思ってた。


***************************************


休職して直後、彼から偶然連絡があった。もちろん、おいらがこんな状態とは彼は知らない。


彼 「よう、元気か? 久しぶりに晩飯食いに行こうぜ、お前のとこの店、成績結構いいし
   どんな感じか聞きたいんだけど」

 
 *おいら、結構しんどい状態だったけど、正直彼からの連絡がきてとてもうれしかった。
  おいらの状態を大の親友に聞いてもらいたかった。


俺 「実はさぁ、今、休職しとるんやて、うつ病で。 でも、今は動けれるでメシ行こうや、
   いろいろ話したいことあるし・・・」

彼 「えっ、そうなん!?・・・・・・ 
   まぁ、今日は遅いし、お前も大変やろう、また今度にしよう」

俺 「いやいや、大丈夫だってwww 俺まだメシ食ってないしwwww」

彼 「そうか! あっ、そういえば、明日、子供のスポーツ少年で朝早いの思い出したわ。
   やっぱり、今度にしようや」

俺 「そうか、そりゃ大変やな・・・  じゃあ近々連絡してよ、俺休職中だから、いつでも大丈夫やで」
   
   (リハビリにもなるんじゃないかなぁ・・・・)

彼 「OK! じゃあまた連絡するよ、ごめんな」


この会話の後1ヶ月半が過ぎたが、彼からの連絡はない。俺も連絡してない。

彼はおいらのことを、ただ単に「会社の同僚として情報を得る、利用する」だけの目的の人間だと
思っているのだろうか。
それとも、未だに俺のことを心配して連絡してこないのだろうか。
ただ単に忙しいから、連絡してこないのだろうか。

大分おいらは落ち着いてきたから、近いうちに『復職』のため、いろんな人に連絡を取るつもりでいる。
もちろん、連絡するリストに彼も入っている。

ちなみに、別の同僚から心配してくれて連絡があり、一緒にメシ食った。
癒された。楽しかった。また連絡してメシ食いに行くつもりだ。

また、別の同僚からもメシ食いに行こうって連絡があったが、ちょうど「落ちてた時」だったので、断ってしまった。もちろん連絡リストにこいつは入っている。


いずれにしろ、上記の会話の通り、一番信頼していた同僚とのこの会話がきっかけで
数日起き上がることができなくなったことは事実であり、大分落ち着いた今でも、
このことをどう解釈すればいいのか分からない。


そりゃあ、うつ病の人間には会いたくないだろうね!


↓もしよかったら、リンク押しておいてください。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 精神科・心療内科へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ にほんブログ村 企業ブログ 金融・保険業へ



タグ :

NO!と言えない自分

 2008-11-11
この前、目の前に座ってる女の子から、こんなこと言われました。

そんな仕事早くやって、他の係りの手伝いしろ(怒)!」

いやぁ、びっくりすると共に、うつーがぶり返し、自律神経がプチプチ切れる音が聞こえましたw
女の子の口から、こんな言葉が発せられるとは・・・

私、「あぁ、わかったよ・・・(ボソボソ)」

目上の人間に対する口の聞き方がなってない、というのはどうでもいいことで、その場ではっきりと「NO!」と言うことがいえませんでした。
言われた時にぶち切れてやればよかったなと反省しました。

「「そんな仕事」とはどういうことだ! 大事な仕事だろ!」と・・・・

後日、上司から、「あの係りの仕事手伝ってやれ」と、性懲りも無く言われました。
その時、はっきり言ってやりました。

「自分の仕事をしっかりやって片付いたら、手伝います。」
「私も周りの状況を見てますので、本当に手伝いが必要だと自分が判断したら、手伝います」

無論、さっきの女の子にも聞こえるように主張しました。

自分の仕事、自分の身を削ってまで他人のお世話をするなんてナンセンスだと思います。
他人のために自分が生きているわけではありません。
自分は自分のために生きている、生かされている。

他人に振り回されることなく、他人の目など関係ない。
自分が納得できる選択をし、目の前のことを大切に淡々とこなす。
そうすれば、もっと楽しい人生になると思います。

自分を大切にしましょう!


******************************

いらっしゃいませ、どこからいらっしゃいました?
励ましのため、ぽちっとよろしく
何か感じたら、コメントもよろしく


にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ



タグ :

2009/4/29 うれしかった

 2009-04-29
今日は、晩飯に出たタケノコが美味しくて、うれしかった。



タグ :
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。