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カテゴリー「禅」について

 2009-01-20
最近、「禅語」の本を読み漁ってます。
僕はこのブログでしばしば「今を大切に」とか、「自分は自分のままでいい」とか、書いてきました。
これは「うつ」の本を読んで共感したり、また、感覚的に「こうだ!」と思ったことを書いてきたまでのことです。

でも、「禅」の本に出会ったとき、禅語の中に上記のことがすべて書き記されており、また、ためになる事が一杯込められているように思えました。

このカテゴリーでは、「禅」に関することを、諸々、着の身着のまま書いていこうかなと思います。

「ついにオロナイン●は宗教にハマッタか!」「神様、仏様、お釈迦様にすがるようになったか」と思われるかもしれませんが、「禅」の考え方は全然違います。

「禅」は、外に助けを求めるのではなく、「内なる自分の素晴らしさに気付け!」「あるがままの自分自身の存在が絶対である」、と喝破します。
上記の「自分は自分のままでいい」に通じると思いませんか?

「今生かされていることに感謝」しながら、これから、つらつら書いていこうかな・・・
尻つぼみになるかもしれないけどwww

雑談ですが、お釈迦様の誕生日は4/8、僕の誕生日は4/7なのは奇遇かな!?


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前後裁断&前後際断

 2009-01-21
今日の報道ステーションで阪神の下柳投手の特集がやってました。
下柳投手といえば、40歳になっても素晴らしい活躍をしている投手ですね。

中日ファンの私としては憎たらしいほどですw

下柳投手のグラブには「前後裁断」(前後際断)の刺繍が施されてありました。

前後裁断

江戸時代、沢庵禅師が説いた禅語です。
「過去も未来も断ち切って、今に集中しなさい」ということです。

過去の失敗に縛られて身動きできないのは馬鹿げてますね。
未だ分からぬ未来のことを心配したり、憂いたりしても仕方ないですね。

過去も未来も断ち切っちゃって、今だけを見つめて行きましょう!
「今」の思いも跡を残すことなく捨てちゃえば、気楽なものですね。

下柳投手の失敗談として、前のバッターにヒットを打たれ、そのことを引きずり、
目の前のバッターに集中できず、結果、目の前のバッターにもヒットを打たれてしまった
とのことです。

下柳投手でさえなかなかできない「前後裁断」。
凡人の私としては難しい限りですが、何かイライラ、モヤモヤが沸き立ってきたら、
「前後裁断!」と心の中で叫んでみようかな。


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行雲流水

 2009-01-26
行雲流水

私の一番好きな言葉です。
空を行く雲のように、川を流れる水のように行こう。

空を行く雲は風に任せ、川を流れる水は流れに任せ、よどむことなく、決まった形もなく柔軟にその姿を変え、行き先も風や流れに任せて、何の執着も無い。

雲が空一面によどんでしまったら、嫌な天気だよね。
水が滞ってしまったら、その水は腐ってしまいますよね。

こだわりもなく、執着心もなく、風任せ、流れるまま行きましょう!


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放下著

 2009-01-29
今日、通勤中、バスの中の広告に禅語を発見しました。

放下著(ほうげじゃく)

「放下」は投げ捨てる、「著」は前の文字を強く命令する言葉だそうです。
「 『五家正宗賛(ごけしょうじゅうさん)』の趙州(じょうしゅう)和尚の章にある話」だそうです。

「私は煩悩も無くなり、悟りを開いた、これからどうすればいいか」と問うた修行僧に対して、
趙州和尚の返答は「そんなもの、捨て去れ」との一喝!

厳しいですね、禅はw

「俺は完璧だ!」と思うその傲慢な考え自体、捨て去ってしまえ!
ちっぽけなこだわりや、執着心は、捨て去ってしまえ!
悲しみに縮んでるその心も、捨て去ってしまえ!
うじうじ弱い心も、捨て去ってしまえ!
他人の目を気にするその心、捨て去ってしまえ!

何もかも、捨て去ってしまえ!

本来無一文、裸で生まれてきて、裸で死んでく。
これに気付けば、別に捨てちゃても、構わないですよね!

ついでに、手元にある請求書も捨て去っちゃいましょうwww


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初めての参禅

 2009-02-01
2/1、人生初めて参禅した。
前から行ってみたい、体験してみたいと思ってたが、なかなか意を決することができず、
2月に入ったことだし、「よし、行ってみよう!」と決意、今日、やっと重い腰を上げることができた。

初の参禅の感想は、「俺、なんて自意識過剰で弱いんだろう」です。
何故か、警策を持った雲水さんが前を通っただけで、
「あっ、俺見られてるかも!?」と思ってしまう。
で、変に体に力が入る。

決して雲水さんは俺を見張ってるわけじゃないのに。
他人の目を気にしすぎる、弱い俺が心の中にいるんだろう。

まぁ、でも、ちょっと早起きして、清々しい朝を迎えることができた。


禅師の提唱は、六根、六塵のお話。

六根は、眼、耳、鼻、舌、身、意 の6つの感覚、
六塵は、色、声、香、味、触、法 の6つの感情、

六根には、それぞれ、「好」、「嫌」、「平(どちらでもない)」の3種類の感覚が生まれる。
六塵にも、「楽」・「苦」・「捨(苦しくもなく楽しくもない)」の3種類の感情が生まれる。

(禅師の話はここまで。あとはネットで調べた)

六根も六塵も、それぞれ、3x6=18の煩悩が生まれ、計36の煩悩が生まれる。
これら36の煩悩が「過去」「現在」「未来」の3世代に渡って生じるため、
36x3=108の煩悩が生じる。

除夜の鐘が108回打たれるのは、これらの煩悩を消し、新たな年を迎えるため。


と言うことらしい・・・。

俺にはちょっと難しすぎて、頭に入らないw


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