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営業店1での思い出-season1

 2008-06-14
このカテゴリーでは、過去に赴任した営業店・本部等での思い出を書いていきたいと思います。

経歴は、カテゴリー『うつ病の原因』 『鬱になった原因 season1 会社』を参照してください。


まずは、営業店1から。

ここは、新入行員として銀行員の第一歩を踏み出した思い出深い店。

俺が入った時代はバブル弾ける寸前の時で、新入行員が6人も入った。

したがって与えられる仕事は雑用。

当座の過振りのお客様に、入金のお願い電話をする仕事。

要は、当座預金がマイナスになっているお客様へ、pm3時までに必ず入金いただくよう

連絡する仕事。 非常にヒマww

これが3ヶ月ほど続いたかな。

他の行員はなんだか忙しそうで、「何かできることありませんか」と言っても、「ない」

としか返事が返ってこなかった。

こんなもんなんだ、銀行の仕事って・・・・


話はそれるが、今の新入行員は恵まれてもあり、かわいそうでもあると思う。

いきなり新規複雑な案件を任されるかと思えば、ダンボール運びを言い渡される。

仕事のスキルも付くし、体力も付く。その代わり管理者は大変だね。

バブル崩壊後の採用減少、今、歪な人事構造になっている。

まぁ、休職中の俺には関係ない話か。


season2に続く


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営業店1での思い出-season2

 2008-06-16
営業店1では新入行員、23歳と若かった。

同期・同僚が多い中一人放っておかれたのは辛かった。

でも、ここで勤務した期間3年半、この間、俺は同僚と恋愛をした。

でも、全然続かなかった。

むちゃくちゃ好みの女の子でなかったってのもあるけどwww

それ以上に、仕事の辛さ・将来への不安、いままでの自分の弱さで

異性を問わず人と関わる自信がなかった(今でもちょっと自信がない)。

兎に角、自分に自信がなかった。神経質だった。


交際期間に彼女に辛いことがあった。

しかし僕は彼女を支えることができなかった。


今でも、本当に彼女に申し訳ないことをしたと後悔している。

ごめんな、彼女。

もう結婚してるのは知ってる。幸せな家族を築くことを願ってる。


これ以降、女性との恋愛はしてない。

だから俺、この歳になっても結婚してない。出会いもないし、自信ないもん。

同じ過ちを犯しそうだし。

君のせいじゃないよ、俺が弱いだけ、ただそれだけ。




こんな俺です。可愛そうに、歪んじゃったね。辛かったな。

全然自分を大切にしてないね、楽しんでないね。

でも、もう過去のこと、これから、いろいろ楽しもうよ、なぁ、俺!

MTBで思いっきり突っ走ろうよ!


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営業店1での思い出-season3

 2008-06-17
新入行員として配属されてから9ヵ月後、外国為替を担当していた新入行員が転勤となった。
それまで融資係の雑用(つづりもの、契約書の整理等)をやっていた私に外国為替の担当が回ってきた。
突然の係り替えでびっくりしたが、やってみたい仕事の一つだったので良い機会を得たと思った。

来店客の多数は両替・送金・外貨定期と単純なものだったが(今みたいな本人確認等無し)、輸入業務が多数ある営業店、頻繁に来る輸入書類の処理に結構やりがいを感じていた。というのも、大学時代、貿易の勉強を多少やっていたからだ。

インボイス、パッキングリスト、B/L等教科書で見ていたものが現物として手元にある。
これらを銀行ではどう処理していくか、興味をもって仕事に取り組んでいた。

「外国為替のスペシャリストってのもいいなぁ」と思いながら2年程が経って、今度は外交係への係り替えを言い渡された。


戸惑った。 怖くなった。


融資係では雑用しかやってない、稟議・査定書の作成なんて全く経験が無い、手形も触ったことが無い。 契約書は触っていたが、書いてある内容が分からない。

「先輩とお客様に教えていただきながらやっていくしかない」と腹をくくった。

さらに、当時の融資係の上席が、「俺が外交のイロハを教えてやる」と、休日の土曜日を返上して、外回りのやり方を教授してくれた(今ではコンプラ違反とかで考えがたいことだが)。

単に、飛び込み訪問で「普通預金作ってください」というものだったが、とてもうれしかった。
先輩から教えてもらえる、それも休日に。だから、腹をくくれた。
集金で勘定が合わなかった時、次の日が土曜日にもかかわらず、一緒に探してくれた先輩。
こんな気質の先輩がいる会社、社員としてもすごく誇りに思えた。
今でも、こういう人いるのかなぁ・・・

当時は集金先が多く、時間に追われながらも、手形の書き換え、保証協会融資を少しこなし何となくお客様とも慣れてきた3ヵ月後、なんと営業店2への転勤の辞令が下った。

・・・・・・・・・・・

こんな状態で、スキルで、他店への転勤。

はずかしながら、家に帰った時、泣いた。




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営業店2での思い出

 2008-06-22
入行して営業店1では、外為とほんの少しの融資・集金業務を覚えた俺に対して異動が出た。
営業店1には3年6ヶ月かな?

全く営業・融資のスキルがない俺、「まぁ、なんとかなるさ」と思って、
営業店2の営業室に入った途端、俺は凍りついた。

いきなり支店長が上席を怒鳴りつけている。

「なんで、あの資料作ってないんだ(怒)!」

「ダーーーン」
机を叩く音がする・・・・・

パワハラマニアの支店長だった。



以降、特に外回りの上席と外回り担当(俺ともう一人の同僚)に、矛先が向くこととなった。
支店長に提出した訪問予定表や書類は、大抵は、空中を飛んで俺たちの机に不時着する。

「ぴゅーーーーーー」 (書類が飛ぶ音)

「なんだ、この書類は!? 書き直せ(怒)!」

「ダーーーーーーン」

机を叩く音がする。

そして、俺たちの机の近くに来て、
「お前たちは気合が足らないんだ(怒)、どういう教育を受けてきたんだ!
お前らの親を呼んで来い!」

時には、階段から蹴飛ばされて落とされる光景もあった。

完全な、変質者的パワーハラスメント、パワハラマニアだった。

そういえば、店に帰ってきたとき、支店長と外回りの上席とものすごい剣幕で
喧嘩をしていた。

上席  「そんなこと言われて、大変心外です!」
支店長 「あぁ、どの口から心外って言葉が出るんだ!(怒)、あぁ!」

俺ともう一人の同僚は何もできない、金庫の中に非難して時を去るのを待った。
子犬のようにブルブル震えながら・・・や、やくざみたいやなぁ・・・

当時はボーナス時期は夜間勧誘で夜遅くまで外を回っていたが、
店に帰ってきた時、珍しく出前が3杯置いてあった。
俺ともう一人の同僚が先に夜間訪問から帰ってきた。

支店長「ご苦労さん! お前ら、このたまご丼食べろ」
残り1杯は支店長が食べ始めた。

外回りの上席が最後に店に帰ってきた。

支店長「どれだけ成果上げられたんだ!? あぁ(怒)?」
    「お前に食べさせるものなんか、用意してないからな! 早く仕事しろ!」

俺は必死にたまご丼を口の中に放り込んだ。 早く食べなきゃ・・・・

もう、誰にも支店長に逆らえなかった・・・・
ただただ、恐怖心だけだった・・・・
気が狂いそうだった・・・・

そういえば、この支店長、お歳暮を部下に強要する癖があるみたいで、
「年末の挨拶は何するか分かってるな!?」
支店長さまのご自宅までお歳暮を持っていった記憶が蘇ってきた。
世の中”ユニーク”な人物もいるもんだ・・・・・

この支店長との付き合いは半年で終わったが、銀行のスキルがなく、パワハラにあった俺には
もう仕事をする気力が無かった
その結果、半年で次に来た支店長から見切りを付けられ、畑違いのシステム部へ異動する
こととなった。

ちなみに、営業店2最後の日、支店長以下みなさんに最後のご挨拶が通例だが、
その支店長は、「午後からお客さんと食事に行ってもう店には帰ってこないから」と他の上席に
言い残したまま帰っていった。
そのことを知らされてない、外を回って引継ぎ中の俺は、最後の日に支店長に挨拶することもなく
営業店2を去ることとなった。

よっぱど、俺は、この支店長に嫌われていたのだろうなぁ・・・・

まぁ、俺も二度と営業店2には行きたくなかったので、後の歓送迎会には欠席した訳だがwww



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システム部の思い出

 2008-06-29
さぁ、そんなこんなで畑違いのシステム部赴任・・・・

まぁ、「営業店でのノルマの重荷」、「営業店2でのパワハラのトラウマ」から

逃れたから良いかw



それまで、PCなんて触ったこともない俺、仕事できるのかよw

2・3週間の研修期間後、初めて言い渡された仕事が「営業店に回ってのPC指導補助」

「PC指導補助」って言っても、入力モードの切り替え方法の指導

「ローマ字入力」⇔「半角英数入力」の切り替え方を教えるってこと


まだ、みんな、こんなことも知らない時代でした

こんな時代からPC触ることができる機会が与えられました


でも、回りにいる人はこの世界のスペシャリストばかり

マニアックな人ばかり

ついていくので精一杯でした

「パラメーター?」 「○×ツール?」 「フォントのロード?」 「デッドロックの管理!?」

おバカな文型おいらにとっては、きっつい世界でした


変な上司もいましたが、愉快でヘンテコな面白い先輩もいたし、

「まぁなんとかなるさぁ」って感じでした


ある日の上司面談の時に、何気に「私って、営業店に戻ることってあるんですかねぇ」って

質問、その後数ヶ月でまた営業店に戻ることになりましたwwww



(´・ω・`)エェェェエ

別にシステム部にいてもよかったのですが・・・・・

おバカな文型おいらは、この部では要らない存在だったのかな・・・・・


まぁ、サラリーマンだから仕方ありません

転勤の辞令が出た以上、従うしかありません

営業店に対するトラウマも無くなってたので、覚悟決めてました


システム部での3年弱、PCの概要、システムの基本的な考え方、スキルをいただきました


さぁ、新たな出発です、営業店3への出発です

当時は20代ギリギリの俺、まだまだ気力はなんとかありました・・・・


覚悟を決めてシステム部とさよならしました



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